旅の途中に
日記、遠く離れた人への暮らしの報告、旅の記録…旅するように生きていく、その途中で感じたいろんなことをつづります。
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新聞週間
新聞週間です。知ってました?
15日付の新聞に、6ページか8ページかの特集が組み込まれてました。
そのうちの1ページの写真には、私がいつも働いている
職場も写ってました。
写真は東日本大震災直後のバッタバタの夕刊時間帯の昼間で、
同じ部署の人もちらほら。
私もその夜は仕事してたかなぁ。
新聞週間は10月15〜21日の1週間です。
10年前の新聞週間のこの時期に、「私と新聞」だったかな、
投稿欄でテーマを決めた募集があって、
私は初めて投書を出してみて、それが掲載されたんでした。
ちょうど10年前の秋、
9月にニューヨークの同時多発テロがあって、
小泉首相はすぐにアメリカに賛同して、
アメリカはひと月でアフガニスタンを制圧した。
私はイスラム原理主義のことを知りたくて、
パレスチナの歴史を勉強したり
「アラビアのロレンス」の映画を初めて見たりした、
そんな頃。
テレビを持ってなくて(不要と思ってた)、
新聞1紙とNHKラジオが情報源だってんけど、
大学の(あ、そのとき大学1年生でした)図書館で
別の新聞読んだらいつもの新聞とのあまりの違いに
衝撃を受けたっていう話を書いて出したんでした。
世の中のことに興味があって法学部に進んだ私が
新聞の仕事したいと本当に思い始めたのは
いま思うとそのときだったような気がします。
それから10年、この新聞週間は、
3月の大震災から7カ月と重なった。
いろんな時期を経て
10年後のいま自分がこの仕事をしていることと
東日本大震災という大きな出来事のあった今年という年の
新聞週間に、なんか巡り合わせを感じました。
15日付の新聞に、6ページか8ページかの特集が組み込まれてました。
そのうちの1ページの写真には、私がいつも働いている
職場も写ってました。
写真は東日本大震災直後のバッタバタの夕刊時間帯の昼間で、
同じ部署の人もちらほら。
私もその夜は仕事してたかなぁ。
新聞週間は10月15〜21日の1週間です。
10年前の新聞週間のこの時期に、「私と新聞」だったかな、
投稿欄でテーマを決めた募集があって、
私は初めて投書を出してみて、それが掲載されたんでした。
ちょうど10年前の秋、
9月にニューヨークの同時多発テロがあって、
小泉首相はすぐにアメリカに賛同して、
アメリカはひと月でアフガニスタンを制圧した。
私はイスラム原理主義のことを知りたくて、
パレスチナの歴史を勉強したり
「アラビアのロレンス」の映画を初めて見たりした、
そんな頃。
テレビを持ってなくて(不要と思ってた)、
新聞1紙とNHKラジオが情報源だってんけど、
大学の(あ、そのとき大学1年生でした)図書館で
別の新聞読んだらいつもの新聞とのあまりの違いに
衝撃を受けたっていう話を書いて出したんでした。
世の中のことに興味があって法学部に進んだ私が
新聞の仕事したいと本当に思い始めたのは
いま思うとそのときだったような気がします。
それから10年、この新聞週間は、
3月の大震災から7カ月と重なった。
いろんな時期を経て
10年後のいま自分がこの仕事をしていることと
東日本大震災という大きな出来事のあった今年という年の
新聞週間に、なんか巡り合わせを感じました。
お茶、始めました

今月から、お茶を習い始めました。茶道です
(写真はお稽古ではなく、こないだ某観光用お茶屋さんで初めて自分でたててみたお茶)。
といって月2回のカルチャーセンターみたいなもんで、
ジャズボーカルと同じくあんまりスピード上達を望むもんではありませんが★
正座の苦手克服(数年前の法事でケガした(> <))…ができれば
もうけもんですが、華道でも剣道(?)でもなく、
茶道はずっとやってみたかったのです。
最近では2年ほど前に読んだ「日々是好日」というエッセイが
すごく良かったのと、今年は大河ドラマ「江」を見ていて
利休さまが茶をたてる場面を何回も見て、
茶室というのにも興味が出てきて。
で、2週間前に初めてお稽古に行きました。
商業ビルの中のカルチャースクールに和室が2部屋あって、そこで。
ふくさと扇子と懐紙と菓子切りのお道具セットも購入しました。
扇子は小さくて、茶道では扇子は開くものではないらしいけど、
セットに入っていたものを開いてみると細かな字で
「利休百首」という利休の教えを歌のかたちで詠んだものが書かれています。
1首目は、
「其の道に入らんと思う心こそ我身ながらの師匠なりけれ
習いつつ見てこそ習へ習わずに善悪いうはおろかなりけり」ですって。
ほんと、今年はスキーも初めて実行したし、
教えられずとも自己流で歌える歌はまだしも、
教えられないと何にもできない習い事を
大人になってやってみる自分がちょっと愉快です。
そんなふうに思えて、踏み出してみることができたのは
「日々是好日」というすばらしいエッセイのおかげです。
は〜私もあんな本を書いてみたい。
さて高校の茶道部のお茶会に1回だけお客さんとして
行った以来の、お茶。
案の定まったく何も分からず、予備知識もなく、
言われるまま、ほかの人の真似をするばかり。
しかも他の3人の生徒さんはもう何年もやっている人たち。
でも、猪口邦子さん(元大臣)似のかわいらしくて優しい先生が、
「正座はつらいでしょうけど、立てなくなる前に、こうしてつま先を立てて、
感覚が戻るのをしばらく待っていいのよ」と教えてもらえて、ほっ。
徐々に慣れればいいなと思います…
でもはたしてほんまに何十分も正座できるようになるんでしょうか。
大阪で歌を習い始めたのは、
仕事してると大きな声を出すこともなかったので、
スカッとしたいなぁというのが動機だったけど、
こんどのお茶は、
季節感を味わって生活したいなぁというのが大きいかな。
いまの通勤経路だと木も少ないし、
桜とか、セミの鳴き声とかキンモクセイの香りぐらいの
アホでも分かる…といったら語弊がありますけど
そんなのしか感じられず残念なので。
で、お茶の代わりに歌はやめようかなと思ってんけど、
9月の発表会が終わって、次の曲がまた良い歌なので、
しばらく両方やることになりそう。
で、飽きっぽい私が一番サボるのはこのブログということになりそう★
え、それでなくてもサボってる?
さぼってました
長いことサボってましたな〜…
このところ帰宅してもパソコン開く気が起きず。新聞も録画もたまるし、ぼーっとする時間もいるしで、ついつい☆
そんなわけで今日はケータイから更新。
今日は震災半年特集の仕事で、いつもより少し早く昼の12時半〜22時の仕事でした(明日はまた普段の17時から)。
で、早く帰ってごはん食べながら録画を消化。
7月の海老蔵復帰公演…いや海老蔵は好きじゃないけど新聞の劇評など見てるとおもしろそうだな〜(話が)と思って、行きたかったけど行けずじまいだった新橋演舞場の七月大歌舞伎「江戸の夕映え」。を、Eテレ(NHK教育)でやってたもの。
昭和の文豪、大仏(おさらぎ)次郎の作で初演昭和28年と新しく、話も台詞も分かりやすかった。
明治初期、薩摩なんぞの田舎もんが江戸にやって来てえらそうにやりやがって、と、それまで武士をやってた江戸っ子の中には許嫁と別れて函館に渡って武士の一生を遂げようとするものもいれば、新しい世でうまくやっていこうとするものも…
初演の時期も思えば、戦後の混乱と明治の一新のそれをかけたお話。
今回の震災が敗戦と重ねて言われることには、はたしてそこまでのことかどうか、でも被害の規模は違っても考え方を変えることを迫られたのは同じかと思うと、この3つのことがだいたい65〜70年の等間隔になってることに気づかされて、そんな気持ちで「江戸の夕映え」を見てみた夜でした
……あっ、もう朝(*_*)
今朝も涼しい朝みたいです。
このところ帰宅してもパソコン開く気が起きず。新聞も録画もたまるし、ぼーっとする時間もいるしで、ついつい☆
そんなわけで今日はケータイから更新。
今日は震災半年特集の仕事で、いつもより少し早く昼の12時半〜22時の仕事でした(明日はまた普段の17時から)。
で、早く帰ってごはん食べながら録画を消化。
7月の海老蔵復帰公演…いや海老蔵は好きじゃないけど新聞の劇評など見てるとおもしろそうだな〜(話が)と思って、行きたかったけど行けずじまいだった新橋演舞場の七月大歌舞伎「江戸の夕映え」。を、Eテレ(NHK教育)でやってたもの。
昭和の文豪、大仏(おさらぎ)次郎の作で初演昭和28年と新しく、話も台詞も分かりやすかった。
明治初期、薩摩なんぞの田舎もんが江戸にやって来てえらそうにやりやがって、と、それまで武士をやってた江戸っ子の中には許嫁と別れて函館に渡って武士の一生を遂げようとするものもいれば、新しい世でうまくやっていこうとするものも…
初演の時期も思えば、戦後の混乱と明治の一新のそれをかけたお話。
今回の震災が敗戦と重ねて言われることには、はたしてそこまでのことかどうか、でも被害の規模は違っても考え方を変えることを迫られたのは同じかと思うと、この3つのことがだいたい65〜70年の等間隔になってることに気づかされて、そんな気持ちで「江戸の夕映え」を見てみた夜でした
……あっ、もう朝(*_*)
今朝も涼しい朝みたいです。
5月の幸せな一日

去年のあじさい。鎌倉の。
今年は早い梅雨でございますね。
きょうは一日、なんか現実感がなかった。
昨日の余韻に浸ってた…のかどうか知らんけど。
昨日は台風2号の接近する中、
大阪時代の先輩男性の結婚式にお招きいただき。
前の会社の人がいっぱいいる中、ちょっと緊張しながら出席した。
お相手も、私は会ったことなかったけど
先輩と同じ会社の同じ課の同じチームで
一緒に仕事する人だったので、どちらにも会社関係の人がいっぱい。
大阪でお世話になった元上司や先輩とは2年半ぶり。
なんか、思ってたほどはしゃべれなかったけど
(話題に困り? いや、でも無いことなかってんけど)、
まぁそれはそれぞれの人たちとの関係の差でしょうね。
こうして結婚式に招いてくれた先輩(私がお願いしたのもあり☆)や、
今も半年に1回とか1年に1回とか
機会を見つけて会おうと言ってくれる人たちが
何人かいることが、とても幸せやなぁと思います。
ほんで、結婚式そのものもとっても良かった。
お似合いの二人で、そんな派手な余興とかはないけど、
随所に先輩らしさが感じられて、
とっても素敵な大人の結婚式やった。
3月に入籍した後、そのとき計画停電が行われてた
地域へ引っ越すことになってしまったり、
5月の結婚式がまさかの台風になってしまったり
大変なスタートになったけど、
その分、何があっても大丈夫やね、と
その場のみんなが思ったんじゃないかなと感じる
ほほえましい結婚式でした。

昨日はもうひとつ、
その夜の「江」にまた違う感じで心を揺さぶられ。
ん〜〜、茶々と秀吉、
どっちの何に共感したんだか、はたまた羨ましいんだか?
まだ整理できてなくて、うまく書けません。
もうしばらく考え続ける。
結果をまたここに書くかどうかは、わかりませぬ。

去年の11月、宮城の塩釜港です。
遠くに見えるのは松島の島々。
ここから津波があふれる映像も、今回見ました。
塩釜も市街地は低いので浸水はあったけど、
ほかに比べると亡くなった人が少なかったのは
島が多くて津波の勢いが少し減ったのかな、と想像している。
きれいな海なのに。いつもは。
震災の記事読んでいると、小さな子の名前に
「海」「波」「凪」がついているのが多いことに気がつく。
*****
何もかも自粛ムードになんとも気が重くなるこのごろ。
休みいに出かけても、どこも薄暗いし店じまいも早いし。
の反面、ふだん明るく照らしすぎやし、
朝の3時や5時まで店開けるなんてやり過ぎなのが分かったんでないの、
と言いたくもなるけど。
ほんでも昼間も「宴会は自粛してください」と花見の名所で
看板立ててると聞くと、その根拠はいったい何やのん!と。
停電でないなら、お酒買うて美味しいもん食べて
経済回さな何もどこも良いことない。
職場では予定通り送別会をした。
泊まり明けでフラフラのまま2次会に行った飲み屋さんで、
主人が「どちらの日本酒にする?」と差し出した1升瓶
2本のうち片方は塩釜・佐浦酒造の「浦霞」。
「塩釜を応援する気持ちで浦霞!」とこちらが言う前に、
「これからしばらく飲めなくなるのはこっちだねぇ」と主人…。
ほんと、そうなんだが、いや、そうだから、つらくなった。
悲しいけど美味しくて、東北応援しなくちゃ、と思った。
塩釜と仙台を少し知ってるだけで、このつらさ。
ましてや住んでる人や故郷をもつ人、
そういう人につながっている何百万の人の痛み。
旅していて亡くなった大学生もあったし
東海村の発電所へ働いていて亡くなった広島の人たちもいた。
どう考えたらいいのか、まだ分からないけど、
1週遅れの「江」の北庄城落城の回と、
その後の残された3姉妹の話は、
少し、その前とは違って見える気がしている。




